カテゴリ:長野( 52 )

善光寺にて。

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今年も善光寺のライトアップがはじまりました。

期間中、五色の光に照らされる本堂や山門、仁王門。
例年大勢の人で賑わっています。



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いつも大体、本堂のところでライトアップの点灯を待つのですが、
光がさし、暗闇の中に紅く染まる本堂の姿を目にすると、
「ああ今年もこの時期になったんだ」と感じます。


実は今日が初詣でもあったので、
この一年の(もうひと月過ぎてしまったけど)お願いと
家族や友人、大切な人のことをあらためて思う時間になりました。



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さて、今年は境内を歩きながら、仁王門の阿吽の像にひかれました。
もともと迫力のある姿と思っていましたが、照明に照らされた姿を
まじまじと眺めてみると、その手や顔、全身に漲る迫力に圧倒されます。


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像の制作には高村光雲さんも関わっていたそう。
その表情には魂がこもっています。

しばらく眺めている内に、邪気も迷いも払ってもらったような。

晴れ晴れと気持ちの良い夜でした。
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by thinking_grove | 2011-02-05 11:45 | 長野

青く染まる雪景色。

保存された写真-483


週末、長野では雪が降りました。

一月の半ばのこの時期は
例年寒くなるのですが、
今年は特にすごい冷え込みです。

冬の時期、御代田は雪がたくさん降る
地域ではないものの、
一度降るとしばらくは溶けずに残っています。

寒さはきびしいけれど、
この景色はやはり冬ならでは。
日が落ちてくると、徐々に辺りの風景が
青く染まっていく。

雪があるとその色がさらにきれいです。
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by thinking_grove | 2011-01-17 00:36 | 長野

雪景色。

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ブログ更新をすっかり怠っている内に、本格的な冬がやってきました。

ここ一週間くらいの間に、御代田では二度の雪が。
二回とも夕方から降りはじめ、
翌朝にはあたり一面が真っ白な雪景色。

日中の陽射しでほとんど溶けてしまいますが、冷たい空気と雪の白さはやはり良いものです。


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by thinking_grove | 2010-12-12 07:25 | 長野

大門峠の紅葉。

写真 1 - 2010-11-11



今日は小淵沢へ向かう途中で大門街道の峠道へ。
丸子町から白樺湖まで登っていく内に、
車窓から見える景色の色が変わっていきます。

カラマツなどの木々の紅葉で、山が燃えるように赤い。

少し開けた窓から入ってくる風も冷たくて心地よい秋の空気。
何だか一人わくわくドキドキ興奮してきます。


地元の御代田町では紅葉も終盤に入っていて
『もう秋も終わりかな』と思っていたら、
広い長野県、場所が変わればまだまだ秋なのでした。


小淵沢の森もすごくきれいな紅葉。
うっすらと雪化粧した八ヶ岳と合わさって、
それはそれは綺麗な景色でした。
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by thinking_grove | 2010-11-11 23:29 | 長野

錦秋。

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11月になりました。

長野県内あちこちへ出かけながら、山の木々の色が
変わっていることに気づきます。

車で峠道を登っていった時に紅葉の色が
目に飛び込んでくると、何とも言えずいいものです。

例年、諏訪や小淵沢へ向かう道で通りがかる白樺湖や、
松本へ向かう三才山峠の紅葉は
まさに「錦秋」の訪れを教えてくれます。

空気が冷たく、
ピンとしてくることで冬の訪れを感じるように、
秋は色の変化に季節の変化、移り変わりを実感します。

こういう瞬間は、幾度経験しても心から嬉しい。


暑い夏が長かった分、
駆け足で過ぎて行きそうな今年の秋。

散歩にでかけたりしながらしっかり味わって
おこうと思います。
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by thinking_grove | 2010-11-03 12:38 | 長野

「本」を感じる軽井沢へ。

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2010年10月16日、軽井沢のユニオンチャーチへ。
この秋、有志の方々が集い、
軽井沢を本の文化で彩られる“まち”にするために立ち上がった
「本のまち・軽井沢」という取り組みの
立ち上げ記念のイベントでした。


前半は、詩人 長田弘さんによる講演会。

「本という考え方」について、様々な側面からお話が展開されます。
木造の教会の静かな空間に、長田さんの声が静かに、
深く響いていきました。

- - - - - - -

 「 読み終わった本をなぜ残しておくのか。
   読もうと読むまいと、そこに残しておこうとした理由。
   それは、人が本の中に“世界”を感じたから。
   そこに“Life”を感じるから。

   本を読み、旅をする。
   今はいない、話すことのできない人にあいにいく。
   2,500年前に生きた詩人。その涙を
   感じることだってできるーー 」

- - - - - - -

ご本人の詩のように、素朴で澄んだ言葉。



そして後半は、朗読劇「マクベス」。
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2009年に京都・名古屋・東京で初演が開催され、
今年6月には国立国会図書館、東京本館・関西館で
連続公演された「レクチャー&リーディング」という企画でした。

シェイクスピアの戯曲「マクベス」を安西徹雄さんが翻訳し、
演劇集団「円」の方々により演じられる朗読劇。

2008年に逝去された安西さんの遺志を継ぎ
同じく戯曲の翻訳に携わる
上智大学教授の小林章夫さんによるレクチャーの後、
朗読がはじまります。

夕方の辺りが薄暗くなってきた教会の集会場に
響き渡る男性五人の声。舞台上では
さまざまな場面、登場人物のやりとりが繰り広げられていきます。

床を「ドドンッ」とたたく棍棒の音。
場面描写をかなでる効果音。
演者の放つ声、声、声…。


荒野を歩くマクベスとバンクォーの姿、
パーティー会場でのやり取り、
物語のクライマックスの戦場。
本当に、目の前に「マクベス」の世界が広がっていくかのようです。


演劇を間近で観ることで、
その物語の中にどんどん引き込まれていく瞬間。

個人的に全くの未知な世界でしたが、
人々を魅了してやまないシェイクスピアと、
朗読劇が持つ強烈な迫力と引力を感じた時間でした。

う〜ん、行ってよかった!


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人に感動をあたえ、歴史を伝える本。
ただのコンテンツでもなく、紙の束でもない。

作者である人の言葉、物語を誰かに伝えるために
多くの人が関わりあって、一冊の本が生まれる。

生まれた本は新たな感動をつくり、
そこからまた新たな物語が生まれていく。

普段何気なく過ごす日常の中にも、本はたくさん溢れています。
あまりにも当たり前にあって、だけど無くてはならない存在、本。
その「本という世界」の新しい入口を、
この日、教えてもらったように思います。
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by thinking_grove | 2010-10-17 00:29 | 長野

気がつけば。

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もう九月。

早いなあ。


強烈な暑さのこの夏ですが、
少しずつ涼しくなってきています。

夜は涼しくなってきて、鈴虫が。


もうじき秋の足音が聞こえてきそうです。
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by thinking_grove | 2010-09-03 15:08 | 長野

霊泉寺の夕暮れ (2)

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広場に車をとめて歩くと、すぐに集落の入口に霊泉寺が見えてくる。
境内の手前に鐘楼、奥に本道が鎮座している。

古刹霊泉禅寺は、謡曲「紅葉狩」に登場する平維盛が、
戸隠の鬼女紅葉を退治したあとの帰り道で立ち寄ったこの地の
湯で傷を癒し、寺を建て霊泉寺と名付けたと伝えられている。

ただ建立の年代については、968年(安和元年)とする説や、
1278年(弘安元年)とする説など、複数存在するらしい。
というのも明治10年に、霊泉寺は火事で一度ほぼ全焼し、
歴史についての書物がなくなっているそう。



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いずれにしても、木々に囲まれた本堂はとてもきれいだった。

白壁と曲線がいかされた窓、大屋根。
土地をふくめた建築としてのかたちが美しい。


境内で「霊泉寺大欅(けやき)」という看板を見つけた。
「幹の太さ約9.4メートル、樹の高さ約35メートル……」との記述を読み、
さぞや立派な姿ではと、にわかにドキドキしながら辺りを見るのだけれど、
それらしきものが見当たらない。

どうしてだろうと思いながら階段を降りた所で、その樹があった。


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きっと何かの原因で倒れてしまったのだろう。
石垣の上まで力強く張り出した根、幹だけが残っていた。

七百年を超える時を生き抜いた巨樹。
倒れる前の姿の勇壮さはいかばかりであったのか。
想像しながら、何よりもその樹のスケールに圧倒されてしまう。

長い時を生き、土地に根づいた巨樹を見ると、
それが放つオーラに強い感動を覚える。
樹木なのだけれど、何か別の生き物のような、
人のように考えたり話したりできる力を持っているような、
そんな存在に感じられる。

できることなら、倒れる前の葉を茂らせた大欅に会ってみたかったけれど、
その根、幹を間近に見れただけでもここに足を運んだ甲斐があった。



それから霊泉寺境内を離れて、町の中を川上方向へふたたび歩く。

道沿いに立ち並ぶ旅館や共同浴場を眺めながら、
その建物、町並みの雰囲気に時代を見る。
この土地が長い歴史の中に存在しているのだとあらためて感じる。


集落を抜け、人家も少しずつまばらになってきた辺りにも、
不思議な存在感を持つものがあちこちにあった。

農具置き場のような小屋、小さな祠、古い橋。
何の変哲もないようでいて、目が引きつけられてしまう。

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それらを眺めながら歩いているだけで、楽しくて仕方がない。

何気なく残ってきたものや、住んでいる人々の生活の中で生まれてきた
ものが持つ独特な力を感じました。


辺りを見て歩きながら、ふと昨年の夏に訪れた
群馬の中之条ビエンナーレを思い出しました。

町のあちこちに設置されたアートやオブジェたち。
映画の撮影地でもあった中之条が、
アートと出会うことで更なる「場としての力」を持ち、
多くの人を引きつける魅力を持った夏―。


霊泉寺の温泉街と中之条では、環境も人の動きもあまりにも違うけれど、
人が寄り付きにくい山間の集落の持つ「場」としての力、歴史、
流れる川がそう思わせたのかもしれません。

松本からの帰り道でフラリ立ち寄った霊泉寺の夕暮れは、
思いがけず、刺激的な夏の散歩となったのでした。

いつかまた温泉に入りながら、じっくりと霊泉寺を楽しみたいと思います。


- - - - -


帰宅してから、霊泉寺のことを調べてながら見つけた大欅の写真。
やっぱりすごい樹でした。


■霊泉寺大欅  ー上田市文化財マップー

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by thinking_grove | 2010-08-09 01:58 | 長野

霊泉寺の夕暮れ(1)

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松本に向かう道中、鹿教湯温泉のほど近くで見かけた「霊泉寺温泉」の看板。
霊泉寺という名前の響きが気になって、帰路途中で寄り道。


表の道路から脇道に入り、細い川に沿った小径を進んでいくと、
山に囲まれたほんの少しの平な土地に、田んぼや畑が広がる。
静かでひと気のない、だけどきちんと手入れされた田畑の風景。

もう少しで集落かな……という辺りで、小川が流れ込む沢を見つけ、
引き寄せられるように車を降りて近づいてみる。

林の木陰の中にあって、吹いてくる風がなんとも涼しい。


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岩が大きく削られ、不思議かたちの淵ができていた。
青く深い水底は、眺めていると吸い込まれそうになってくる。


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「稚児ヶ淵」というこの淵。
名前の由来が脇に立つ看板に解説されていた。

昔、霊泉寺のお稚児さんが淵の近くで出会った美しい娘に夢中になり、
「あの娘は魔物だから会うてはならん」と諭されながらも通い続けた。
そしてある日、娘が淵の中から手招きしているのを見て、迷わず飛びこんでしまった……。

……分かるなあ、その気持ちは。


そんな背景があるからということもあるけれど、
辺りには何ともいえない雰囲気がある。

夕方頃の夏の光が差し込む林はすごく美しい場所だった。


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そこからまた更に奥へ進んでいくと、小さな集落が見えてくる。
車を降りると、温泉の独特な匂いがしてきて、なんとも言えず嬉しくなってしまった。


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……
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by thinking_grove | 2010-08-08 16:32 | 長野

かたちをつくる歴史。

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七月十九日。
朝から北信濃へ向かう。

上信越道を長野ICで下り、19号線を白馬方面へ。
道沿いに流れる犀川の水面は濁り、水かさを増し、
数日前まで続いていた雨の名残を感じさせる。

いくつかのトンネルを過ぎ、
中条村にさしかかる辺りで、遠く視界の先に
まだ冠雪を残したアルプスが見えてくる。

谷間の道から山の傾斜地に点在する家々を眺めながら
集落の中を走る内に、今日の目的地である小川村にたどり着く。
御代田を出てから二時間の道。

梅雨明けの空の下で
小川神社の境内では盛大に蝉達が鳴いている。



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「信州の自然百選」にも選ばれるここ小川村は、
1,000mを超える山々に囲まれた自然豊かな場所。
山に溢れる湧き水はいくつもの川となり、
やがて集まって犀川として長野市へ流れていく。

信州名物の「おやき」でも有名な小川村。
素朴な土地柄で、人のつながりが今でもあたたかい。


この日は普段からお世話になっている
美登利屋さんの手がけた建物の撮影に伺った。

この地域きっての老舗工務店である同社は
大正七年創業以来、現当主である望さんで三代目。
「これまでの歴史をまとめた本をつくろう」という望さんの声から
始まった取材。ここ二年くらいの間に様々な建物を観て、
多くの人たちの話を聞いてきた。

その中でも、美登利屋さんを考える上での出発点が、小川神社。

小川村の代表的な建築物でり、昭和二十年代に手がけられた
同社の代表的建築の一つ。
決して大きな建築ではないけれど、きれいなプロポーションや
拝殿の彫り物はどれだけ眺めていても飽きることがない。

小川神社に続いて、昭和半ばに建てられたという個人住宅を訪ねた後、
村でも少し山の上の方に位置する法蔵寺へ向かう。


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ここも、何とも素晴らしい場所。
たくさんの人の想いが詰まった建物はちょうど小川の街を
見下ろす場所にあった。
建築したときは材木を運んだりでさぞ大変だったのでは、とお聞きすると、
「昔はみんな、こういうのが当たり前だったんだよ」と
笑顔で返される。

う〜ん、なんだかすごいことだ。
効率性や省コスト化が求められる現代とはやっぱり
かけている労力も時間も違うのかもしれない。それに、
公共の建物を作るときの人々の感覚そのものも今とは
異なるんだろうなあと思う。

法蔵寺のあと、小川から長野市に下り、神社と個人の方の
お住まいを拝見し、最後は同社のモデルハウスへ伺った。



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モデルハウスへお邪魔するのはもう何度めかになるけれど、
家づくりに取り組む人の、その背景である「歴史」の部分を
観てからまたあらためて現代の作品を眺めると、
その見え方が少し変わっている。

それは、
「様々な時代を“建築”という一つの仕事を通して
  親から子へと受け継ぎ、歩いてきたからこそ、こうなったのか…」という気づき。
変化する時代の中で、現在の同社の姿勢がどう形作られてきたのかを、
そのルーツと歴史を辿ることで少しずつ観てきたという感覚。

建築や人も、
出来上がってしまえば一つの形だけど、
その背景を探る中で、「歴史」がかたちづくってきたものの
尊さを、今あらためて感じるのです。
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by thinking_grove | 2010-07-24 17:50 | 長野


生活と絵


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日々の生活の中で、観ることや感じること、そして絵のことを中心に。

伊藤夕歩

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Thinking Grove


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